世田谷区 賃貸とコラボレートしてみました

会社を設立してから三年経つころの平成二(一九九〇)年、私は出版社と言われることに満足していた。 広島の出版社、それは憧れの業界であり、しかも私自身「社長」として君臨していた。
部下は約一〇人。 それなりに利益も出していた。
ビジネス上のさしたる悩みもなかったように思う。 「ペット雑誌」「カルチャー雑誌」「グルメ雑誌」……、そして『ザテレビジョン』。

広島では出版するたびに話題になった。 そんなときに持ちかけられたのが「就職雑誌」発行の話だった。
いままでの金額とははるかに違う収支目測。 当時の私にとっては、いわば博打である。
しかし、私は勝負したかった。 気弱なくせに意外と勝負好き。
石垣打ちの棟梁だった親父のそんな血が流れているのだろう。 それまではテレビ番組、芸能情報、プロ野球情報……と、私の得意分野ばかりの世界で、すべてにおいて「オタク」状態。
自分の情報がつねに生かされるポジションにいた。 ところが、不勉強だった私にとって、就職業界の話はもう未知の世界としか言いようがなかった。
そして、私の戦いは始まったのだ。 まったくレベルが違っていた。
新聞を読んでいなければ話にならず、ニュースの裏側が読み取れなければ、論外。 経済を語れなければ、仲間はずれ。
ほんとうに参った。 故・Iさん(当時、D社の大阪支社長)に叱咤激励されながら、約一か月で経済を多少なりとも語れる男に「変身」しなければならない。
言葉は悪いが、上っ面でも語れないと……。 そのために、読む本をガラリと変えた。

周囲にいる先輩を質問攻めにした。 Iさんは、たぶん私のことを頼りないと思ったのだろう。
毎週、毎週、大阪から広島にやって来てくれた。 ほとんど大阪の仕事をそっちのけで、私につきっきりだった。
もう親父のような存在だ。 「俺のすべてを盗め」Iさんに、鬼気迫るものを感じた。
講演の仕方、営業の仕方、そのほかいろいろ……。 いま思うと、ご自分の「死」を予感していたのかもしれない。
数年後、Iさんは亡くなられた。 その直後、私は横浜にいるIさんの奥さまを訪ねた。
「Yさんですよね?主人がいつも言っていました。 面白い奴がいるんだよ、って」そして、Iさんが残した五つの鞄のうち、最後の一つを私か譲り受けた。
そのときから私は、ビジネスのうえでの「鞄」にめちゃくちゃこだわるようになった。 Iさんのおかげもあって、初年度の就職情報誌と就職イベントは、そこそこの利益につなかった。
成功と言っていいだろう。

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